いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0059五年前の春、高校の門を前にした私は期待に胸を膨らませていました。

その高校は地域では有名な進学校。偏差値は60を超え、旧帝大にも毎年10人ほどが合格している学校でした。
中学時代、もともとはそれほど成績は芳しくなく、二年生の期末ではクラスでちょうど真ん中あたりでしかなかった私ですが、その高校に憧れを抱き、必死で猛勉強を開始。そうして一年後、見事その学校に合格したのです。

もともと理系科目が得意で、高校に入ったら数学や理科の勉強をしっかりとやっていきたい。とりわけ星に興味があったので、天文学についてもやってみたいと、そんな希望を抱いていました。また、私の地元は過疎の町で、中学校も全校生徒が70人に満たない学校でしたので、高校ではたくさんの人と知り合いになれたらいいなと、そんな望みも持っていました。

そんな期待に満ち溢れた気分で私の高校生活はスタートしました。最初の一週間、二週間は何の問題もなく過ごすことができました。隣の席の人と友達になり、会話を交わすようになり、お昼には机をくっつけて、歓談しながらお昼休みを過ごしていました。ところがその後、一ヶ月がたつかたたないかという頃になり、様子が変わってきました。クラスメイトの私に対する接し方がじょじょに冷たいものになってきたのです。

そのころには、どこのクラスでも起こることでしょうが、私のクラスもいわゆるグループ、スクールカーストのようなものができていました。男子でいうと、上からいけてるグループ、おたくが多い下のグループ、そしてその中間という三種類です。私はこの中でいうといちばん下、おとなしい人の多いグループに入っていたと思うのですが、しかし、やがてそこにも居場所を失っていくこととなりました。

変化は急に訪れました。ある日、教室に入っていくと、だれも私の挨拶に言葉を返してくれず、教室のあちこちで固まっている人たちがこちらを変な目で見ていました。なかにはクスクスと笑っている人もいます。何かがおかしい。その時、私には何の心当たりもありません。何か恥ずかしい失敗をしたとか、そんなこともない。なのでよくわからないまま数日を過ごしたのですが、さらにクラスの雰囲気はおかしなものになり、あるとき、廊下を歩いていると、私の存在に気づかないでいたクラスメイトが私のことを「ゴリ」というあだ名で呼んでいるのを耳にしてしまいました。親しみのある愛称という感じではなく、明らかに侮蔑的な言い方でした。私は身長が180あり、体重も90キロ、さらに体毛も割と濃いので、そんなビジュアルからつけられたあだ名だったようです。

それからほどなく、昼食をともにしていた隣席の友人も他の友人のところに行ってしまい、私はいっしょにお昼ご飯を食べる人を失いました。私自身は、先に述べたおたく系のグループの一員という意識でいたのですが、やがてその人たちからも疎まれるようになり、輪の中に入れなくなりました。それまではときどき、彼らがやっているトランプに入れてもらうこともあったのですが、入学後一ヶ月ちょっと経つと、私が入れてくれと言うと明らかにみながいやそうな顔をし、ときには完全に無視されることに……。そうして、やがて自分の方から声をかけることもやめてしまいました。

それでも他のグループに入れてもらえればよかったのですが、上のグループはもちろん、中間のグループの人からも疎まれる状態は続きました。教室に入れば「ゴリが来た」と、聞こえるかどうかの小声で言われ、クスクスと笑われる始末。こちらは何もしていないのに、です。あるいは勉強合宿や遠足の折など、グループ分けのときにどこにも入れてもらえず、担任の教師がどこかにグループに声をかけて、なんとかねじこんでもらうという有様でした。移動のバスの中でも、私はひとり、教師の隣に座っていました。

進学校だったということもあるのか、暴力をともなうようないじめというのはありませんでした。しかし、学校へ言っても一日中だれともまともに会話ができず、歩いているだけでクスクスと笑われ、ことあるごとに余りモノにされるのはかなりの苦痛。しかも、そんな状態が一年、二年と続いたのです。さすがに二年生の夏になると、私は学校を休みがちになり、不登校のような状態となりました。学校に行くのは週に三回程度、それも、三限目からとか、四限目からとか、あるときは最後の一時間だけ授業を受けて帰宅するなどということもありました。そうしてやがて退学を考えるようになりました。学校にいることが苦痛で、授業も休みがちでしたから、一年生の中間テストではクラス5位であった成績も、すっかり下落して、とうとう下から3番目となっており、授業を受けてもまるでついていけなくなっていたのです。

しかし、担任の教師からは止められました。高校を中退したら、それは今後の人生で大きなマイナスになってしまうから、と。私は担任の教師に説得されて、なんとか退学を思いとどまり、通学し続けることにしました。担任の言葉が心に響いたのは、私がその人のことを尊敬し、ふだんからお世話になっていたからです。実は、私は高校ではワンダーフォーゲル部に所属しており、担任はそこの顧問だったのです。しかも、ワンゲルの部員は全校で私のみ。だから、担任とはいつもマンツーマンで山登りをすることになります。そのときに、担任と(一二年のときは担任ではありませんでしたが)いろんな話をし、信頼関係を築くことができていました。私が、つらい高校時代を乗り切ることができたのは、山で見る大自然の景色と、夜になると頭上に広がる広大な星空、そして担任の教師の支えがあったからこそです。

その後、クラス内での状況は結局改善されないままでしたが、なんとか現役で大学に入った私は現在、好きな天体について学んでいます。山登りも続けています。今いじめに悩み苦しんでいる人も、何か好きなものを見つけて心の支えとし、乗り切って欲しいと思います。つらい山道を登りきった先には、きっと、それを登った人にしか見えない、美しい景色が広がっているはずです。

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