いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0048現在35歳の兼業主婦です。私は国際結婚して夫の国に在住しているのですが、5年前に生まれた息子を現地の学校に通わせています。そこで経験した、未知の「いじめ」について記述しようと思います。

私が住んでいるのは地方都市、ごくごく小さな田舎町の自治体です。日本の幼稚園や小学校と比べると、生徒数やクラス数などの規模は少なく、豊かな自然背景とあわせて、落ち着いた子育てができると期待していました。

ですが、こういった場所…どこにおいても、人間同士の摩擦は起こりうるものであり、そこから弱者をよりわけて強者が踏みにじるという、卑劣ないじめの舞台となりうるのだとわかって落ち込んだのです。

ことの始まりは、息子が年中クラスに通っていた年の初めでした。こちらは9月に学年が始まりますが、その年末ごろに、幼稚園の出口付近にある掲示板に、園長先生からの注意書きとして、妙な張り紙が出されたのに気が付いたのです。

その趣旨は「保護者の皆さんは、お子さんの送迎が済み次第、園内・園前から退去してください」というものでした。折しも、フランスを中心に大規模なテロリズムが頻発してキナ臭かった時期なので、「幼稚園の付近にたまる人ごみを少なくするという、安全対策の一環なのかな」くらいに思っていたのです。

ところが、年が明けて保護者会があった際、その本当の理由がわかって私は驚愕しました。これは、保護者会の資料として配布されたプリントの中に簡潔に記述・説明がなされていたのですが、一部の保護者たちが子どもを登園させたあと、そこにとどまっておしゃべりに興じていた所、口論に発展し、その後頻繁も口論が繰り広げられていた、というのです。

始末が悪いのは、その保護者たちは自分たちのことで言い合うならまだしも、相手の子どもを名指して「あんたの子はああいう所がダメだ、なっていない」などと非難を繰り広げていたと言うのです。言っておきますが、これは幼稚園のすぐ前で繰り広げられていたのであり、天気の良い日は登園後に子ども達が近くで大勢遊んだり、駆け回っているような場所でした。非難された当の子ども自身が、直接これを聞いていた可能性は大いにあります。

一体何を考えているんだろう、と私は憤りの念にかられました。子どもを送迎した後にはすぐに仕事先に急いで向かってしまう私にはわからなかったのですが、こういった保護者たちの態度は大っぴらであったようで、先生たちはそそくさと園児たちを校舎内に迎え入れるようになったのです。本来なら、好天の場合はできるだけ子どもたちを外で遊ばせていたはずなのに、最近は寒さがひどいから屋内に入れるしかないのかな、と思っていたのですがこんな背景があったとは驚きです。

このひどい保護者たちにどんな制裁が加えられたのかはわかりませんが、とにかくようやくこの口論騒ぎは終焉しました。その後春先にかけて、幼稚園は表向きいつも通りに戻ったのですが、私は毎日の送迎に際し、そこにいる周囲の保護者達に向けて、不信感を抱くようになってしまいました。

これは、一見大人同士のけんか沙汰のようにとれますが、実は大人と言う強者から子どもと言う弱者が言葉の暴力を受けていたいじめ事件です。家族でもない第三者の大人に、言いがかりのような非難をされ続けるというのは受け入れがたい状況です。これを理解せず、単なる売り言葉に買い言葉として口論を続けた当の保護者たちは、全くもって浅はかとしか言いようがありません。幼稚園の先生たちが見抜けたこのいじめを、保護者自身が加担して繰り広げていたというのが信じられない思いです。

こう思う中で、私も幼少時に大人から受けた心の傷を思い出してしまいました。私の両親は、同僚の家族どうしで集まってのホームパーティーに参加することが時々あり、私もごく小さい頃から必然的に連れていかれました。親たちは知ったもの同士、親戚の集いくらいにリラックスして考えていたのでしょうが、私としては居心地のよい場所では全くありませんでした。

例えば、お酒のまわった中年男性が「おやおや、●ちゃんきれいになったねえ、胸も出て来たしお父さんたちそろそろ心配しなくっちゃ。」という風に言うのは、セクハラ以外の何だと言えるでしょう?嫌悪感を必死に我慢していると、今度は別の女性に「そうよねえ、お母さんはほっそりしているけど●ちゃんはそれを丸くぽっちゃりさせた感じね。」すべて、彼らは何気ない風で言っていますが、言われている私自身は本当に深く傷つけられていたのです。周囲の子ども達とも話が合わず、ぽつんとして、時折トイレにこもって泣いてばかりいました。学校でも根暗、とからかわれていじめられ続けていたのに、どうしてこんなプライベートの場でも、心無い攻撃を受け続けなければいけないのでしょう?幼い私には不条理にしか感じられませんでした。

このように、いじめを「心身の傷をつけることで弱者的立場のものを攻撃する」ことだと私なりに定義すれば、幼稚園の事件も私自身の思い出も、はっきりとしたいじめに他ならないのです。これが、大人の手によるものであるという点に私は限りなく嫌悪感を抱きます。もちろん私自身はこういった何気ない不正に真っ向から立ち向かっていきたいですし、自分の息子を含め今の子ども達には、もう誰にもこういった不条理な悔しさ・悲しさを経験して欲しくない…と強く願っています。

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