いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0043私がいじめられていたのは、小学校時代ですね。今からはとても考えられませんが、その頃は非常に内気で誰かが遊んでいるのをただただ遠くでジッと見つめているようなそんな少年でした。
そして当然というか残念ながらというか、そういう性格の人間はいじめの対象にされることが多くなってしまうんですよね。私がそうでした。いじめが始まったのは、小学校三年生の頃からですね。
当時、転入生で非常に勝ち気な人間がいました。名前をHとしましょう。そのHは、すぐに私の小学校で主導権を握り、やがては支配をするようになったのです。
前述通り、当時の私は人畜無害な非常に内気な存在。今更誰がどうするということも無かったのですが、このHだけは違いました。遠目で見ている私を見つけるや、強引に遊びに誘ってきたのです。
ただし、当時はうじうじして仲間に入りたいと思っていただけの存在でしたから、この強引なHの誘いは嬉しくもあったのですがね。もっとも、それは私の独りよがりな考えで、Hが私を遊びに誘ったのは明確な理由を持ってのことでした。そしてこの時から、Hを中心とした数人によるいじめが始まったのです。
最初は鈍くさいということで弄られる感じだったのですが、次第にボールをぶつけられたり、頭を殴られたりするようになりました。そしてそんな仕打ちを受けても、私はへらへらとしか笑うことができなかったのです。結局はそれがHたちを助長させてしまったのでしょうかね。段々と殴ってくる力が強くなり、金銭まで要求されるようになりました。まぁ家から数百円を持ってこいなどという他愛のない恐喝ではあったのですが、これはもう立派な犯罪です。ただし当時の私にはそのような知識も無ければ、誰かに密告をするという度胸も勇気も持ち合わせてはいませんでしたけどね。
こうして小学校三年生から五年生の初めくらいまでは、本当に地獄のような日々が続きましたね。最後の方は問答無用でバレーボール大のボールを、数人で押さえつけられた無防備な状態でぶつけられたりしていましたからね。また要求される金額もエスカレートをしており、千円札を要求されることも珍しくなくなりました。もっとも金銭に関しては、我が家の経済状況からおいそれと渡すわけにはいきません。当然私も拒否をし始めたのですが、それが返って火に油を注ぐ形になったのでしょうね。ボールをぶつけられるときの力は、日に日に強くなっていました。
そして今思い出しても腹立たしいのが、そのHたちは教師の前では本当に快活で明るく良い生徒を演じていたということです。対照的に私は物言わぬ大人しい存在でしたから、教師たちからしても私の方が不気味に映ったでしょうね。こうなると、もはや教師にSOSを求めても単なる私のHたちへ嫉妬から来る妄言しか言っていないとみなされてしまうことでしょう。その時点で、私は教師にSOSを求めることは諦めました。
そして家のお金を少しですが盗み、そしてHたちへ渡していたという後ろめたさもあり家人にSOSを求めることもできず、まさに孤立無援といった感じでもがいていましたね。
ところが、事態は小学校五年生の夏休み前に訪れます。それは自分でも全く予期していなかったことなのですが、この時期に私の身長が急激に伸びたのです。自分でも視界が変わっていくのが分かるほどで、夏休み中でHたちとは目線の高さが完全に変わってしまいました。そしてそれに伴い、筋力も付いてくるようになったのです。それはまさしく、青天の霹靂といった感じでしたね。
こうして夏休みが明けると、私よりも大きかったHたちが非常に小さく見えるようになったのです。さすがにそうなってきますと、皆で抑えつけてという芸当も簡単ではなくなります。そして私も、それまで鬱積していた恨みを晴らすことにしました。
当初は何もせずにやり過ごそうと思ったのですが、やはり精神的に凶暴性が増してきてしまったのかもしれませんね。まずはHの取り巻き達を捕まえ、一対一で喧嘩をすることにしたのです。すると、あれほどまでに強気で私を威嚇していた取り巻き達の非常に脆いこと。何でこんな連中に良いようにされていたのか、自分自身に腹立たしくなるくらい呆気なく全員をのしてしまったのです。
こうなると、もはやHは軍団としての体を保てなくなります。ただし、取り巻き連中とは異なりHは正真正銘勝気な人間で、喧嘩も慣れていると思われます。これは私も本気でやらねばならないと思い、そしてHが絡んできたときに不意打ちの形で腹部へ思い切り拳を振るったのです。
あれ以来喧嘩をしていませんので、あの時の感触は今もありありと思い出されます。グッと腹部にめり込んだ拳は、Hから全ての尊厳を奪いました。うずくまったHは、小学生らしくワンワン泣き始め、そしてそれが他クラスの生徒たちにも知られることになったのです。
その後、私は教師に呼び出されて叱責をされました。しかし私にも喧嘩をした理由があります。これまでのことを洗いざらい話し、Hたちの方にも責任があるということを述べたのです。
当然私の話に嘘偽りは無く、他の生徒からの証言も相まって私は不問となりました。そしてHたちは中学校進学を前に、逃げるように転校をしていきましたね。
今もふと思うのが、もしもあの時に身体が大きくならなかったら、そして自分自身で反撃を試みようと思わなかったらどうなっていたのかということです。今の年齢ならば学校なんて所詮は数年なので、我慢をするか逃げてしまえば良いと思ってしまいがちですが、あの時はそうは思えません。学校こそが世界の全てでしたし、何よりも自分自身がいじめられているという事実を親には知られたくないと思ってしまいますからね。そう考えると、もしかしたら私は非常に運が良かったのかなと思います。もしも今現在、そのような境遇で苦しんでおられる方がいらっしゃるのならば、私は逃げてしまっても良いと思います。それが不登校であれ転校であれ、学校なんてものは自分の生命や尊厳を削ってまで行くような場では無いと思いますからね。学び場は、極端な話図書館で本を読むだけでも作ることができます。大切なのはこれからの人生なので、少し不利になることもあるかとは思いますが逃げて逃げて逃げ切ってしまえばいいと思います。人生80年の時代ですからね。あまり自分自身を追い詰めないようにしてほしいです。

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