いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0024僕は中学の1年と2年の時にいじめにあっていました。

内容は、階段の踊り場でプロレスごっこという名の暴行を受けたり、机に卑猥な言葉の落書きをされたり、女子グループの前で制服のズボンを下ろされて自慰行為を強要されたり、臭い汚いと面と向かって言われ机を離されたり、あからさまに金銭を要求されることもありました。

あの当時は本当に毎日学校に通うのが辛く、前の晩の夜には恐怖心で吐いてしまうこともしばしばありました。精神的に追い込まれて学校にいる間は常に緊張状態が続いていた感じです。連休や長期休暇で学校に行かなくていい日になるとホッと安心するんです。でも逆に休暇明けが近付くと、不安と恐怖が胸を支配しました。うつ状態に陥り本気で自ら命を絶つことを考えたことすらあるほどです。

今、社会人になった僕がテレビのニュースなどで頻繁に報じられるいじめの話題について思うのは、怒りを通り越して憎悪に近い感情です。いじめている方はいじめられている側の気持ちなど考えずに、さも楽しんでます、といったニヤけた顔をして他人を虐げる連中のことを思い浮かべると本当に憎悪が湧いてくるんです。

中にはいじめに絶えかねて命を絶つ子供もいると聞きます。世間は「どんなに苦しいことがあっても死ぬのはダメだ」とか「親を悲しませるなんて」とか「死ぬ選択をするやつが一番馬鹿だ」みたいなことを平気で言う人がいます。僕に言わせればああいった意見はただ自分の人格者としての性質をアピールしたいだけか、世間一般的な意見をテキトーに語っているに過ぎないように映ります。

いじめで自ら命を絶ってしまう子供だってなにも死にたくて死ぬわけじゃないんです。死ぬしか逃げ場がない、それが自分を守る唯一の手段だから死を選ぶだけなんです。

むしろ言いたいことは、生前、彼ら彼女らの話に少しでも耳を傾けた人がいるのだろうか、ということです。いじめを受けた者が自ら命を絶ってしまい、事の重大さに気付いてようやく議論が始まる印象があるのです。なぜもっと生前の子供の声に耳を傾けなかったんだ、なぜSOSのサインに気付いてあげられなかったんだ。そのくせ自殺した者を命を粗末にする行為として公然と非難する人間までいます。

いじめは子供のコミュニティーだけの問題じゃありません。世の中のあり方そのものを問う問題だと思います。自ら命を絶つ子供は「世間全体からいじめられていた」と言うことができると思います。

あの歳で死を決意し、実行する人間の気持ちを少しでも考えたことがあるのか。そう言ってやりたいです。

話が逸れました。当時の僕は「いじめを受けている」ということに対してすごく羞恥心があって、この状態はすごく恥ずかしいことなのだという、今考えると非常に妙な感情がありました。そのため親に相談することもせずに一人で抱え込んでいたのです。

そもそもなぜ僕がいじめを受けるようになったのかというと、クラスで別の男子が最初にいじめを受けていたんです。僕はそのいじめに嫌悪感を抱いていました。でもだからって止めに入ったりいじめっ子に立ち向かったりしたわけではありません。正義感に燃えたわけではなく、そういう子供っぽいことはしたくないという意思表示や、関わりたくないといった無関心でいる態度が、結果としていじめっ子たちの癇に障ったのだと思います。

案の定、次なる標的は僕になりました。

ショックだったのは元々いじめられていた生徒が、「ようやく自分の番が終わった」というようにホッとした表情をして、他人がいじめられていることをまるで気にしなかったことです。まあ僕も無関心の態度でいましたから、あまり人のことは言えませんけどね。でも彼はその後、積極的にいじめに加担する側になったのです。僕はあの時点で完全に人間不信に陥りました。

辛かったのは担任が見て見ぬ振りをしていたこと。これは誰の目にもあきらかでした。なにをしても怒られないという安心感がいじめっ子たちの行動を更にエスカレートさせていたのです。

その担任はうだつの上がらない感じの人で、前の勤めていた学校で生徒からいじめを受けていた過去があると、人づてに聞いた記憶があります。本当かどうかは知りませんが、もしそうだとしたらいじめの負の連鎖は永遠に断ち切られないように思います。

でも僕はまだラッキーでした。というのも数学の教科担任の先生がいじめに気付き、深刻視してくれた結果、学年主任にかけあってくれて、いじめを解決してくれたからです。

それが中学3年のことでした。僕にとっては本当に長い2年間でした。やっと地獄から解放される、そのように感じました。

でも違いました。いじめの遺恨といいましょうか、根の深いものだと知るのは解決したあとだったんです。

確かに僕へのあからさまないじめはなくなりました。暴行を受けたりカツアゲされたり性的な嫌がらせをされたりすることはなくなりました。いじめっ子はかなり厳しく叱られ、親までが呼び出されての注意だったので、その叱責が効いていじめはなくなりました。

しかしそれ以来僕は無視されました。無視はいじめとは見られないようです。集団になれば誰でも好き嫌いくらいはあるから、無理やり仲良さげに振る舞うこともないという理屈。

先生たちもこの無視に関しては声を荒げて叱ることはしませんでした。

結局僕は卒業まで殆ど誰とも話さずに過ごしました。

その後、卒業しても僕は高校には行きませんでした。いじめの記憶が精神に深く爪痕を残し、またいじめられたら……といった恐怖心と不安でいっぱいだったからです。

そんなの甘えだ、という人もいるかもしれません。しかしいじめの恐怖を払拭するのは本当に難しいと思います。これはいじめられた者にしかわかりません。

集団に身を置くこと自体に激しい抵抗を覚えるほどです。

おかげで僕の最終学歴は中卒です。当時のいじめっ子たちによって人生を台無しにされたように思えてなりません。

いじめは、行為自体が解決しても心の傷はいつまでも残り続けます。それは永遠に地獄の中から抜け出せないのと同じです。

今現在いじめにあっている人、特にそういう子供たちにアドバイスを送るのなら「すべてから逃げ出したって良い」そう言ってあげたいです。

どこにも逃げ場がない、親や教師も頼れない、そのような状態に陥っても、命を手放す前にまず開き直ってみてください。開き直りこそ、自分自身でのみ完結する「逃げ場」だと僕は思います。

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