いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス002230代を手前に控えた社会人の身ですが、今でも忘れる事の出来ない学生時代の思い出我があります。

幼少期より内向的な性格をしていた私には仲良く遊ぶ事の出来る友達がなかなか出来ず、小学校に上がった後には身体的なコンプレックスから更に内気で気弱な性分に拍車が掛かってしまいました。その結果放課後に遊びに出掛ける先も無ければ相談をする相手も見付からず、毎日早い時間から自宅でテレビを見て過ごす生活を送っていたのです。幸いな事に兄弟の存在に救われ、兄や妹が連れてくる友人達に交ぜてもらう機会もあったのですがそれが続くのも精々小学校低学年程度までの事で、以降私には学生時代歳の近い子と遊んだ記憶が一切ありません。高校を卒業し大学進学のため上京するまでの間そのような状況が長く続きました。

私の趣味は、音楽を聴く事でした。邦楽のバンドが好きでお小遣いを貯めてはCDを買い漁ったものです。地方住まいのためライブ等に足を運ぶ事は難しく自宅で楽しむ程度でしたが当時はそれで充分でした。他者の介入を必要としない趣味に没頭している時間こそが全てでした。しかし、長く続く学生生活がこれだけで平和に進む筈も無く、中学校入学を転機として同級生からのいじめを体験する事になります。

始めに気が付いた周りと自分との違いは、下の名前を呼んでくれる人が一人も居ない事でした。愛称は勿論のこと、名前にちゃん付けをしてくれる人はクラスに一人も居ませんでした。後になって考えてみれば気に留める程の事でも無いのですが、自分と自分以外の間に引かれた線を強く感じる事となった始めのきっかけです。まだ中学校のクラスに馴染んでいないからだと言い聞かせていましたがそこから半年経った後にも何も状況は変わらずにいました。それどころか、席替えの際には私の隣の席は「外れくじ」とされ、ベタですが罰ゲームの告白をされるようにもなりました。男子はこれ見よがしに私の身体的な特徴を大声で揶揄しましたし、女子は私と目を合わさず授業中に必要な最低限なそれ以外の会話を全て拒みました。ある時はトイレの壁にフルネームと悪口をスプレーで書き込まれ、運動靴や上履きが隠される事もありました。通学に使っていた自転車を壊されてしまい、一人で修理をお願い出来る自転車屋を探した事があります。体育の授業中には休憩中にも関わらず男子からボールをぶつけられたりもしました。どうして自分がこんな目に遭わなければいけないのか分からず毎日が辛く、学校を休みがちになってしまう時期もあったように記憶しています。それでも親には相談出来ずにいました。当時は心配をかけたくないからと言い訳していましたが、今振り返ってみるとそれは自分に対しての言い訳で、本音の部分ではいじめられているという事実を認められずそれを両親に相談する事がとても恥ずかしかったのです。学校でも自宅でも人の目を見て会話する事が出来なくなってしまい、私にとって中学校三年間はとても苦しく長い期間でした。

この経験を通し、環境を変えて新しく生活をやり直す為にも高校は地元を離れた全寮制学校への進学を早期から検討していました。内申点がぎりぎりボーダーラインに届いていた為欠席しがちな私もどうにか無事に進学を決める事が出来ました。家を離れる理由を家族に説明する際には将来の夢を叶える為に必要な事であると嘘の理由を並べて説明したものです。この時にもいじめの事実を正直に伝える事が出来ませんでした。歳の近い兄弟が同じ中学校に通っていた事もあり、本当は家族中が私の身に起こっている内容を何となくでも分かっていたのだと思います。それでも追及せず、私のやりたいようにと背中を押してくれた両親に現在ではとても感謝しています。

しかし、いじめから離れる為に選んだ高校でも同じく私はまた三年間いじめられる事となりました。中学校卒業までの経緯を知る人間が誰一人としていない環境でも、同じ事が繰り返されてしまいました。これまでと違い同年代の子どもばかりが集められた寮内での生活空間には逃げ場が無く、ストレスで体調を崩してしまう事も少なくありません。何度も何度も中退を考えましたし、どこか誰も自分を知る人間が居ない場所へ逃げてしまいたいと現実逃避していました。実際には逃げる勇気も無く、だからといって何か行動を起こす気概も無く、どうしようもなく私は無力でした。唯一、寮生活の為に高い学費と寮費を支払ってくれている両親を裏切る事だけは無いように勉強には真面目に取り組んでいました。その成果か、成績は校内でも上位圏内に入る事が出来たのですがこの時にも自分がいじめられているとは両親に打ち明けられずにいました。

そんなどうしようもない生活を送っていた私に助け舟を出してくれたのは、当時上京して独り暮らしをしながら大学生活を送っていた兄です。高校三年生になり進学先を考えなければいけなくなった頃、殆ど鳴る機会の無い携帯にメールで連絡をくれた兄は私自身よりも真摯に私の将来について考えてくれていました。幼少期から自分の思っている事を言葉に出来ず引きこもり内弁慶になりがちでいた性格と、これまでずっと続いていたいじめ、それに加えてコミュニケーション不足であった家族との関係についても兄なりのアドバイスを長文で送ってくれたのです。中には優しいだけでなく、私にとってとても厳しく目を背けてしまいたくなるような助言もありました。いじめられている事こそが私の生活をダメにしている原因で、これさえなければ、この人さえ居なければと何事も責任転嫁していた自分の胸に突き刺さるような言葉ばかりでした。しかしそれは全て、損得勘定や裏表など一切無く全て私の為に綴られたもので、その時初めて本当の意味で自分を見直さなければいけないと考えるようになりました。以降はそれまで以上に真面目に勉学に取り組み、将来を見据えた進学を決意しました。待つだけでは無く自分から行動すべきだと学び、友達を作る努力もしました。身体的なコンプレックスもそれが気にならなくなるよう研究し、堂々と顔を上げられるようになりました。

大人になった今当時を振り返り思うのは、辛いいじめの経験が私自身を大きく変えてくれた事です。勿論いじめはあってはいけない物ですが、これを通して家族のありがたみを知り手の届く範囲内で最大限の努力を出来るようになった事は私の財産です。一番辛かった時期の自分には、誰か一人でも話を出来る相手が居れば、その人を見ようとすれば、いくらでも状況を変える事が出来ると伝えたいです。この経験をこれからも忘れず、胸を張って生きていこうと思います。

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