いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0012私は中学1、2年生のとき、いじめにあっていました。人見知り、内気な性格で、何がきっかけだったのか今でも分からないのですが、中学1年生の秋にはクラスメイトから避けられていました。私をいじめていたのは、少なくとも知っている限り男子だけだったのですが、聞こえよがしに悪口を言ったり、ペンや下敷きなどの文房具や美術、習字道具などを隠されたりしていました。気づかなかっただけで、もしかしたら捨てられていたものもあったのかもしれません。しかし、中学1年生の間はそれ以上酷くなることはなく、冬の終わりから初春にかけては無視されるだけで済みました。ちなみに、何人かいた女友達は秋の段階で私に近づかなくなったため、無視というよりは誰とも関わらなくなったという方が近いです。

状況が悪化したのは2年生になってからでした。2年生のクラス替えで運悪く私は、学年でも一番評判の悪い女子とクラスメイトになってしまいました。新学期開始当初から彼女を筆頭に男子たちが私にちょっかいをかけてきて、「レッド」といって私が触ったものは汚いもの扱いしたり(お風呂には普通に毎日入っていました)、上履きのひもをぐしゃぐしゃに結んで下駄箱から放り出されていたり、当時アメリカに多大な被害をもたらした台風の名を叫びながら私の髪をうちわで舞い上げたり、罰ゲームと称してジャンケンで負けた男子から私に告白の真似事をしてきたり、と春から始まったいじめは夏までに酷くなっていくばかりでした。

当時のクラスは最悪で、担任教師の授業をボイコットしたり、ホウキで天井に穴を開けたり、集団で学校の売店に行って万引き成果の自慢をしあったり、とおよそ教師の一人や二人では解決できないほど腐りきっていました。

そういうわけで私は教師に頼る気にもなれず、かといって母子家庭のため、働きづめで子供三人を食べさせてくれている母親に相談する気にもなれなかったので、誰にも打ち明けていませんでした。

安楽の夏休みが終わってしまい、二学期が始まっても状況は好転しませんでした。一度緩んだ気持ちを張り直すことはできず、私は自分で学校に電話してズル休みを繰り返しました。

しかしそれも、一月と経たないうちに母親にバレてしまい、結局いじめも含めて全てが露見しました。

全てを打ち明けたあと、私は学校に行くのが嫌だったので自宅で勉強すると主張したのですが、母親はそれを認めず、代わりに同中学校内にある特別学級のようなものに通うことになりました。同じ中学校の敷地内、普段生徒が立ち寄らない美術室のある離れの棟の上にあった教室で、私と同じような事情で教室に行けなくなった生徒が数名そこに通っていました。学年の隔たりはなく、1年生から3年生までが同じ教室にいて、それぞれ自習したり、受け持ちの先生とおしゃべりしたりゲームをしたりして過ごしました。はっきり言って楽しかったです。チャイムも殆ど聞こえない環境で、まったくと言っていいほど勉強しないで先輩たちと話したり、放課後は一緒にでかけたりしました。やる気があれば中間、期末テストを受けられて、恐らくそこで得た点数は成績に反映されるのだろうと思います。私は得意の国語しかテストを受けなかったので詳細は分かりませんが、その特別教室に通っている間も国語の成績だけは良かったです。

中学2年生の2学期が終わりに近づいた頃、引っ越しをすることが決まりました。アパートから市営への引っ越しだったので経済的な理由だったのか、それとも私の状況を慮ってのことだったのか、その両方だったのか、私は別の中学校に転校することが決まりました。

その教室で知り合った4人とはそれ以来、連絡も取り合っていませんが、今でも中学時代の友人は彼女たちだけだと私は思っています。

お別れの時にもらった手紙や、一緒にでかけたときに撮ったプリクラなどはいまでも大事にとっています。

一方、教師に言われて用意したらしき旧クラスの連中から渡された手紙的な何かは一つも中身を見ることもなく、渡されたその日に全部捨てました。少なからぬ悪意を持っていじめてきたやつらが何て書いていたのか、いじめを見て見ぬふりをして己の平穏だけを守り切ったやつらが何て書いていたのか、最初は友達面をしていたくせにさっさと手のひらを返して私を避けたやつらが何て書いていたのか、見ておけばよかったかなー、と今では少し後悔しています。

新しい中学校で私が気をつけたのは二つ。

一つは、とにかく笑顔で応じること。

自分から話題を提供できるだけの話術がなくても、とりあえず笑っておけば輪の中に足を入れられます。親しくなればそのうち自然と会話ができるようにもなります。

二つ目は、今まで、隙さえあれば本を開いて読んでいたのを止めて、いつでも誰にでも話しかけてもらえる態勢をキープしました。おかげで読書量が大幅に減りましたが、親しい友人が何人もできました。

その後、中学校を無事に卒業し、中学3年生の時に通わせてもらった学習塾のおかげでそれなりに偏差値の良い公立校に通うことができました。

その高校も卒業した今、過去を振り返ったときに思うのですが、「私にもう少し、人に歩み寄る姿勢があれば違ったのかなぁ」と。

当然ながら悪いのはいじめてきた連中で、何年経っても許す気はありませんが、それと、私が仲良くなるために何かをしたかどうかというのは別問題です。いじめを受けるようになったときも、いじめられて辛かったときも、私は周囲に対して何のアクションも取りませんでした。アクションを取るとは何も抵抗しろ、ということではありません。親や教師や、あるいは相談用のコールセンターなど、打ち明けられる場所はいくらでもあったのに、最後の最後、追いつめられるまで話しませんでした。そしてもう一つ、後悔しているのが「もっと早く逃げれば良かったなぁ」ということです。

別にその場に踏みとどまる必要なんてなかったんです。学生のときは視野が狭く、逃げ場がないように思えていましたが、嫌ならさっさと逃げ出せばよかったんです。逃げ出して、気を落ち着けられたらまた歩き出せばいい。もっと早く逃げ出していれば、特別教室の人たちと早く知り合うことができましたし、無用に嫌な日々を重ねることもありませんでした。

昨今の『いじめで自ら命を絶つ』というニュースを見るたびに私は「逃げ出してしまえばよかったのに」と悲しくなります。無論、その人たちにとっての逃げ場が『死』ということだったのでしょうが、死ぬことができるなら、嫌な場所に行くのをやめて、心から安心できる場所で休むことなんて造作もないでしょう。気後れしてしまうかもしれませんが、誰かに相談すれば、自分自身を客観的に見直すこともできます。

自ら早めるまでもなく、人は誰でも皆死にます。それがどうして、くだらない連中のために死んでやらなければいけないのでしょうか。

いじめで悩んでいる、死を考えている。そういう方にはまず、逃走と相談、この二つを実践してもらいたいと思います。

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