いじめ相談対策の口コミ・経験談・アドバイス0009私は小学校の時いじめを受けていました。

厳密に言うと、小学校の4年生から6年生の間の3年間です。
私は両親の都合で隣町の小学校へ4年生の入学式の時に転校しました。
転校するまでの小学校、幼稚園では今を思い返すと楽しい思い出ばかりで、20年ほどたった今でもその当時のお友達とはお食事にいったりするほどです。

しかし、転校先の学校生徒と、私との育ってきた家庭環境の違いも大きく転校生ということもあってか、標的の的に。
私の家庭は、生まれながらにして父は自営業、母は専業主婦でした。

しかし、転校先の学校では、母親が専業主婦という家庭は少なく、夫婦共働きで市営住宅の団地住まいのところがほとんどでした。
夫婦共働きの同級性の中で、専業主婦である私の母の教育方針は、『過保護だ』ととらわれていたようで、入学早々もみんなからからかわれていました。

でもそれでも当時は小学4年生。
からかう程度のいじめだったため、私も強く言い返すことができるメンタルを持っており、大きな問題になることもなく5年生になりました。

しかし小学5年生になり、クラス替えがありました。
私は4年生からの編入だったために、また新しい友達との関わりを作っていかなくてはなりませんでした。
新しい学校では、小学5年、6年生と持ち上がりのクラスと決まっていたために、この2年間は耐え忍ばなくてはなりません。

しかし、私にとってこの2年間がとても苦しく辛い2年間でした。
男子からは、少し話しかけるだけでも、『汚い!さわるな!』と本気でどなられました。
リコーダーの発表など私がみんなの前に出る機会があると、クラスの男子がアイコンタクトをして、一斉に嘔吐する真似をしました。

話しかけたり、目を合わせるだけでも
『○○(私の名前)菌がうつる!ウウェェェェ!』
と本気で嫌がられました。

席替えの時でも、私との机が少しでもくっつくと
『あっちいけよ!!!汚い!』
と嫌がられました。

女子の間でも嫌がられました。
私の小学校当時は昼休みにゴム飛びをするのが人気を呼んでいました。
みんなが楽しそうにゴム飛びをする姿をみて勇気を出して
『私も一緒に混ぜて』
と声をかけましたが、一斉にコソコソと話し合いをされ、
『ちょっと・・・』
嫌な顔をされ断られることが何度もありました。

私は遊びに入れてもらえないんだと、悟ってからは給食が終わった昼休みに、毎日、一人ぼっちでベランダから眺めるみんなの楽しそうな姿を見ていて本当に悲しい気持ちになり、涙が出そうになるとトイレに行き堪える毎日でした。
6年生の始めに計画されていた修学旅行も辛い思い出でした。友達同士仲のいい子同士でホテルの班になっていいいと言われていました。
私は、声のかけやすそうなやさしそうな子達の集まりに無理やり参加させてもらいました。
当日は長崎に旅行に行く計画で、グラバー園などでお弁当を食べたり、フェリーニのって写真をとったのですが、一緒にお弁当を食べようと誘ってもだれもいいと言ってくれず、1人でお弁当を食べたり、フェリーも1人で景色を眺めたり。必死に寂しさのあまり涙を流しそうになるのを抑えながら旅行に行ったのを覚えています。

私の時代の小学校は、旅行の写真を校内に貼り、ほしい写真を希望を出すという形を取っていましたが、どの写真を見ても、私が1人でお弁当を食べている姿。
楽しそうにフェリーに乗っている友達の後ろで私の悲しい後ろ姿がひとりぽつんと映っている写真ばかりで、買う気がしませんでした。
旅行後も、6年生卒業直前までも目が会うたびに
『ぶす!!ううぇぇぇぇぇ!(吐く真似)』
という行為を冗談ではなく真剣に嫌な態度で男子から、受け続けていました。
席替えで隣同士になっても机がつくのを嫌がられたり。

大人になった今では、思い返すと子供の悪いからかい。と取れる部分もあります。
ですが、今でも思い返すとグサッと胸に突き刺さる思い出もたくさんあります。

当時私は、とても美人だという自覚は全くありませんでしたが、最高にブスとも思わず、まぁそれなりに普通の顔だろうとあまり自分の外見に気にもしていませんでした。

しかし、転校先の男子生徒から受けた言動がかなりトラウマとなってしまい、それから、自分の外見をさらすことが恐怖となり、人、とくに男性に顔をさらして話すと顔が真っ赤になって緊張し、動機が激しくなるという症状になりました。
男性を前にすると、おじけづいでしまって、汗も大量に出て不安状態になりました。

軽い男性恐怖症になっていたと思います。

私は、小学校時代の同級生とは、金輪際かかわりをもちたくないという気持ちになっていました。
ですから、中学は、自分の希望で近くの私立の中学校、しかも女子校に入学することに決めました。

その学校は中学、高校と6年間のエスカレーター式だったため、男性生徒とかかわりなく過ごす事が出来ました。
現在私は30代前半になりました。もちろん小学校時代のいじめの思い出を思い返しても、あれは子供の悪いいじめだととらえることができます。
でも当時のなにもしらない私にはそれが無理でした。
つらく苦しい学校生活の何にもかえられませんでした。

何も知らない方から言わせれば逃げといわれるかも知れません。
でも私にとって、私立中学への入学でそれまでのつらい気持ちをいやしてくれる時間になったことは間違いありません。

私は、人に認められない人間なのだろうか、と自暴自棄になって孤独でさびしかった小学校時代を救ってくれたの中学の同級生でした。
当時、なぜつらかったことを親に相談しなかったのだろう?
いまとなってはそう思います。
でも、その時の気持を振り返ってみても、自分のことに精いっぱいで、誰かに話す。。。そんな器用な事が思いつきませんでした。

また、遊ぼうと誘っても断られる。
男子に話しかけるとバイ菌がうつると嫌がられる。
というみじめな相談をしたくない、という小学生ながらの小さいプライドもあったと思います。

転校前の学校では、とにかく楽しい思い出ばかり。
でもその時の同級生は、母親が専業主婦であったり、境遇がにている友達が多かったです。

でも転校先の学校では、そのような境遇の子は少なかったように思います。
私ほどではありませんが、今思い返すと、軽いからかいとの対象ではあったように思います。

類は友呼ぶ
ともいいまが、すやはり、家庭環境が似ている者同士がわかりあえる傾向にあるのかなと思いました。

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